大判例

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大阪高等裁判所 昭和41年(う)2044号 判決 1967年5月29日

主文

原判決を破棄する。

被告人を無期懲役に処する。

原審における未決勾留日数中一〇〇日を右刑に算入する。

押収に係る皮バンド一本(当庁昭和四一年押六〇五号の一)を没収する。

理由

検察官の所論第一点事実誤認の主張について

所論は被告人はM・K子を強姦しようとして同人の背後よりその頸部を絞め同女が失神状態に陥つたのをみて、このまま故置すれば蘇生するかも判らない、そうなれば同女を無理に犯そうとしたことがばれてしまうので、同女を完全に殺してしまわなければならないと決意するとともに、同女を殺してしまえば遠い所へ逃げなければならない、逃げるとすると金がいるが四〇〇円位しか持つていないから、同女を殺したうえ、その所持金を取つて逃げようと考えて失神状態にあつた同女を絞め殺しその場にあつた同女のハンドバッグ内より現金約一九、八四〇円を抜き取り強取したものであるから、強盗殺人罪が成立するし、又被告人は右殺害行為当時依然さきの強姦の意思を持続しており右の如く同女を殺害し金銭強取の目的を遂げた直後、引続き同女を姦淫して当初の強姦の目的を達したものであるから右姦淫当時同女は既に死亡していたが強盗強姦罪も成立するから、原判決が右殺害行為を単に右強姦の犯行の発覚を防ぐためのものであり、金品強奪の手段とするの意図はなかつたものと認めて強盗殺人の犯行を認めず、また右強姦についても強盗強姦行為と認めず単に殺人と強姦致死とを認め両者が一個の行為で数個の罪名に触れる場合であり、かつこれと殺害後の金品の窃盗とが併合罪の関係にあると認めたのは事実を誤認したものであるというのである。

所論にかんがみ記録並に当審における証拠調の結果に徴するに、被告人が被告人居住の暁荘アパート二階一三号室の斜上階にあたる三階二〇号室の独身女教諭である右Mに関心を抱きできれば同人と情交関係を持ちたいと考え同女とは未だ面識のない間柄であるからこれに近ずく手段として同女が中学校の教師であるところより、被告人の弟である中学生の秀作に不良化の兆しがあることよりその相談に託して同人に近ずくことを考え昭和四一年三月一〇日午後九時五〇分頃M方を訪れ、同家二帖の間で右弟のことから話を切り出し同女と語り合ううち、同女も打ち解けてその私事を語るに至つた。ここにおいて被告人は情欲を燃やし、無理強いにでも同女と情交を遂げようと思い、午後一〇時四〇分頃同女が立上つて奥六帖の間に入ろうとしたとき、いきなり同女の背後より両手で抱きついたところ、被告人の予期に反して同女が悲鳴をあげたため、被告人は隣近所に事が知れるのを恐れて、同女が声を立てないように、右手で同女の口を押えたが、それでも同女の声が漏れるので、これを止めるべく、被告人の左腕を同女の頸部にまわし、その左手の端を右腕に掛けるなどして同女の頸部を絞めつけた。これがため同女は声を出さなくなり失神して前かがみに倒れて痙攣を始めたことなどの点については原判示認定のとおりこれをそのまま認めることができる。而してその後の経過については原判決は右の如く同女を失神せしめるという意外の結果発生に驚いた被告人は同女が蘇生することになれば被告人の右犯行は露見すべく、もう駄目だと思い、そのまま同女に止どめを刺して同女の死を確実にしようと決意し、被告人着用のズボンの皮バンドを外して同女の頸に巻きつけてこれを絞めつけ、その場で同女を窒息死させて殺害の目的を遂げた、そして午後一一時一〇分頃同室から立去るに先立つて逃亡の費用に充てるため同室内にあつた同女の手提鞄、皮製ハンドバック内より同女所有の現金約一九、八四〇円を盗取するとともに既に死亡している同女を姦淫した(但しこの姦淫の点は所謂死姦であるから罪とならず)と認めたが、しかしこの点については検察官は前記の如く右認定を争い、被告人が同女を殺害したのは原判決認定の如く被告人が強姦行為に及ぼうとしたことの発覚を防ぐ手段に過ぎなかつたものに止るものではなく、同時に被告人は殺害後の逃走費用を入手する意図をもつて同女を殺害して金銭を強奪したものであるから強盗殺人であり、また姦淫の点も強盗犯人が強姦したものであるから強盗強姦の認定をすべきであると主張するのである。

よつて案ずるに、原判決の証拠として挙げる被告人の司法警察員に対する昭和四一年三月一六日付供述調書一二乃至一四項によると、被告人とMとが前記の如く対談中同女が奥六帖の間へ入りかけた時以後のことにつき被告人の供述として「同女は僕に背を向けていましたがこの時に急に変な気がおこつたのです。この人に抱きつきたい、この人の貞操を犯してみたい、つまり性欲がむらむらとおこつたのです、それで僕も立上つて先生の後から両手で先生の身体を抱きすくめました、その瞬間先生はきやーとか、うわーとか言葉にならないような変な叫び声を出したので僕は夢中で声が近所に聞えたら大変だと思つて左腕の前腕の内側を先生の首にかけ右腕の前腕内側を左手の部分にかけて、手前の方に締めつける状態、つまり柔道の首絞めのような状態で締めつけました、そのまま押して行き半分開きになつていた襖の間から六帖の部屋に押込みました、その状態のままで二人一緒に六帖の部屋に倒れこんたのです、六帖の部屋にはホームコタツがあり、その上に布団がかけてありました、その布団とステレオの間に倒れたのです、僕が上になり、先生はうつ向きのまま僕の体の下になりました、そのまま絞めつけましたが、それでも息を吸いこむためのぜいぜいというような苦しそうな音が止みませんでした、そんな状態が暫く続きました僕にすれば五分間位絞め続けたように思います。そのぜいぜいという苦しそうな音が止みかけた時上半身全体がけいれんを起していました、死にかけですが、まだ生きている感じでこのままではひよつとしたら生き返るかもわからんと思いました。完全に殺してしまわなくては私の行為がばれてしまうと思うと、それが恐ろしくなると同時に殺してしまえば逃げなくてはならない、逃げるとすると、金がいるが所持金は四百円位しか持つていなかつたので、この先生の持つている金目のものをとつて何処か遠いところへ逃げてやろうと腹を決めました、それで完全に殺してしまわなくてはいかんと決心しまだけいれんしてぴくぴく動いている時に僕のバンドを抜きとり絶対生き返らないようにするため、このバンドを両手に持ち先生をあおむけにしてからこれを先生の首に一回巻きつけ両手で引張つて絞めつけました、二三分もそうしていましたら完全に動かなくなりました、万一生き返つてはと思い、絞めていたバンドをもう一回首に巻きつけ二重にしました、そして絞めつけてから一重に結びました。そのままでバンドはゆるみませんでした。このまま十分位おいておきましたら完全に死んでいました。その十分間程の間僕はえらいことをした、このままでは僕の犯行であることはばれるだろうがやはりのがれるだけ逃げてみたいと言う気持が先に立ち逃げるための金を探しにかかりました旨の記載、次で被告人は同女の頭附近にあつた同女の手提鞄及びハンドバッグの中から現金合計約八、九千円と田原本信用金庫の普通貯金通帳にはさんであつた一万円札をとつた上、整理タンス、洋服タンスの抽出しを物色した後の行動につき同一八項において被告人の供述として「とつた現金は僕の背広の左内ポケットに入れましたそれまで電燈はつけつぱなしでしたが帰ろうと思いましたので六帖の丸い螢光燈を消し二帖の間に来ました。そこで自分のズボンが下つているので上げようとしてバンドがないことに気付きましたので、それをとりに戻りました。そうして再びこの部屋の螢光燈をつけてからホームコタツの方を頭にして仰向けに寝ている先生の首からバンドを外しました、その時に再びこの人を犯したい気持に戻つたのです、そこで先生のスカートを脱がし、更にシミーズを胸の方にめくりあげパンツを脱がしました、そして関係した」旨の各供述記載に、右調書の作成者である当審証人加藤重良の受命判事に対する「自分は本件当時奈良県警察本部刑事部捜査強行犯担当課長補佐の警察官であつたが本件発生後王寺警部派出所に設けられた捜査本部で本部長の刑事部長に代り直接の指揮に当つた、兵庫県警察の生田署で三月一六日の午前零時過に被告人が逮捕せられ身柄が午前七時過ぎに到着したが捜査員も未だ食事をしていないので被告人と一緒に朝食をとり八時半頃から自分が調べに入つた。当時奈良県では捜査員が制約されており、また高田警察署管内に警備の必要な事件があり、その方に人員がとられていたので、人員の配置、捜査方針を樹てるため被告人がどんな供述をするだろうか一応の見当をつけるために調べをなし後は部下の係長に引継ぐつもりで調を初めたところ、ずるずるとそのまま本筋を詳しく神妙な態度で述べたので、そのまま記載したのが、被告人の昭和四一年三月一六日付の供述調書である。この場合全部自供したので、普通は後を係長に持たして花を持たすということになるのですが、この場合花を持たせないような格好になつてしまつたのです。その時理詰めで詰問しなければ具合が悪いという時期ではなかつたからそのようなことはしていないし、金は持つていたかというと持つていないというので、それではどうするつもりであつたかということを聞き、首を絞める前に盗る気になつたという供述を得たので右調書一三項記載のとおりの調書を作成し、自分が読みきけて、本人が署名指印したものである」旨の供述記載と被告人がその後検察官に対しても右司法警察員に対すると全く同旨の供述をしていること、また被告人は原審公判廷において右金員奪取の意図は同女殺害後であると弁疏する外右供述記載を全部認めておること、被告人は司法警察員並に検察官に対し同女殺害以前に逃走のために金銭を奪取する意図があつたと述べたことはないと主張するが、右証人加藤重良の供述調書及び原審における検察官のこの点に関する発問これに対する被告人の供述の各記載に徴すると右各取調官はこの点につき慎重に取調をして右各被告人の供述調書を作成したと認められること、被告人においてもその間誘導、強迫等の事実の主張はなく各読み聞けがなされた後署名指印した旨認めていること等に徴し、右殺害は被告人が強姦に着手した犯行の発覚を防ぐためとともに逃走に備えこの金銭奪取のためにするものであつたとの右各供述記載は信用するに足るものであると認めざるを得ない。果して然らば被告人は一旦強姦のために相手方に暴行を加えてこれを失神状態に陥れるとともに、そのさい逃走に備えて金品強取の目的をもつて、右失神状態にある正野の頸部を自己の皮バンドにて更に絞めてこれを殺害した上、同所で同女の手提鞄やハンドバッグ、整理ダンス等を物色して同女所有の現金合計約一九、八四〇円を強奪したものであるから、優に強盗殺人罪が成立するものと認められ、この点において原判決は事実の認定を誤つているのみならず、また被告人が右正野を姦淫したのは同女が死亡した後のことに属することは原判示のとおりであるが、しかし、右姦淫に及んだ経緯は当初被告人が強姦を企てて同女に襲いかかり背後より同女の頸部を絞めつけてこれを失神状態に陥らしめた後事の意外に驚きこの犯行の発覚を恐れこれを妨ぐるためにあると共に併せて逃走のための金品奪取のために同人の殺害を決意して自己着用の皮バンドを使用してその頸部を絞めつけてこれを殺害し、その直後前記の如く金品を物色してこれを奪取した後逃走にあたり右バンドに気付きこれを同女の頸部より取外したさい、再び前記同女を強姦する気になりスカート、パンツ等を脱がして同女に乗りかかりこれを姦淫したものであるから、右姦淫当時同女は既に死亡していたにしても、殺害直後に前記当初の強姦未遂の犯行に引続き同じ現場でこれを姦淫したことは前後を包括して強姦(既遂)罪が成立するものというべく、又強盗の身分は最初の強姦未遂の時には生じていなかつたが、その後の殺害並に姦淫の目的を遂げた時にはその身分が生じていたことが明らかである本件においては強盗強姦既遂罪が成立すると認めるを相当とするから(昭和三六年八月一七日最高裁判所第一小法廷判決参照)この点においても原判決は事実を誤認したものであり何れも原判決に影響を及ぼすことが明らかであるから原判決は破棄を免れない。よつて量刑不当の論旨に対する判断を省略し、刑事訴訟法三九七条一項、三八二条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書により更に判決することとする。

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和四一年二月一三日より奈良県北葛城郡王寺町大字王寺三五七七の五番地暁荘アパート二階一三号室に母米田キヨコと共に住んでいたものであるが、入居後間もなく、同アパート三階二〇号室にその以前より住んでいたM・K子(昭和一〇年一一月二一日生)が王寺中学校に勤務する離婚した独身女教諭であることを知るとともに、日々同女の部屋から流れて来るクラッシック音楽を聞くにつけ、被告人自身も音楽に趣味を有することとて、同女に関心を抱き、やがては同女に近ずき、できれば同女と情交関係まで持ちたいと考えるようになつた。かくて昭和四一年三月一〇日、当時大阪鉄道荷物株式会社梅田営業所の勤務を怠つて欠勤していた被告人はなんとか同女に接近する切つ掛けを作つて、これを実行しようと思い、たまたま当時被告人の弟で中学生の秀作に不良化の兆しがあるさいであり、同女が中学校の教師であるのに乗じて同人のことを相談したいということで同女を訪問しようと考えた、そこで同日被告人は同女を訪問する時刻を調節するため右暁荘を出て、大阪の天王寺駅に行きそこで時を過ごした後王寺駅に引き返してきては駅をぶらついたが、その間被告人はなおどういうことを話しにM方を訪ねるかと思い迷つた、かくて被告人は同三月一〇日午後九時五〇分頃暁荘三階二〇号室のM方を訪れ、同家二帖の間で前記弟のことから話を切り出し、同女と語り合ううち、同女も打ち解けてその私事を語るに至つた。ここにおいて被告人は情欲を燃やし、無理強いにでも同女と情交を遂げようと思い、午後一〇時四〇分頃同女が立上つて奥六帖の間に入ろうとしたときいきなり同女の背後より両手で同女に抱きついた。ところが抵抗は予期したものの、意外にも同女が悲鳴をあげたため、被告人は隣近所に事が知れるのを恐れて、同女が声を立てないように、右手で同女の口を押えたが、それでも同女の声が漏れるのでこれを止めるべく、被告人の左腕を同女の頸部にまわし、その左手の端を右腕に掛けるなどして同女の頸部を絞めつけた。これがため同女は声を出さなくなつたものの、失神し前かがみに倒れて痙攣を始めた。意外の結果発生に驚いた被告人は、同女が蘇生することになれば、被告人の右強姦に着手した犯行は露見するからこれを防止するために同女を殺害しよう、殺害すれば逃げなければならないが、それには金が要るが、被告人は所持金として僅かに四〇〇円位しか持つていなかつたので、同女の金銭を強奪して逃げようと考え同女を完全に殺害することを決意した上、被告人着用のズボンの皮バンド(当庁昭和四一年押六〇五号の一)を外して同女の頸部に巻きつけてこれを締めつけ、その場で同女を右絞頸により窒息死させて殺害した上、計画通り同室内にあつた同女の手提鞄ハンドバッグの内より同女所有の現金約一九、八四〇円を抜取り強取し更に、その直後の午後一一時一〇分頃同室から立去るに先立つて、自己のバンドが同女の頸部に巻きつけたままであることに気付きこれを取戻すべく同女に接近したさい、その姿態を見て当初の強姦の犯意を実現すべく同女のスカート、パンツ等を脱がしてその上に乗りかかつて姦淫して強姦の目的を遂げたものである。

(証拠の標目)<省略>

(法令の適用)

被告人の判示所為中強盗殺人の点は刑法二四〇条後段に、強盗強姦の点は同法二四一条前段に当るが右は同法五四条一項前段に当るから同法一〇条により重き前者の刑に従うべく、情状につき案ずるに、被告人が面識のない独身の女教師と情交関係を望む不逞の考えを抱いて辞を構えてこれを訪ね対談のうちに相手方を強姦しようとしてこれに抱きつきその反抗に会うやその頸部を絞頸して心神喪失に陥らしめた後これが犯跡を隠蔽すると共に逃走のための金銭を強奪することを企てて、これを殺害した上金品を強奪した後更に当初の強姦の犯意を実現しようとしてこれを姦淫したものであつてその犯行は極めて残虐にして又反道徳のものであること、原審並に当審における証拠調の結果により明らかなように、被告人に対する被害者の遺族の激しい憤り、本件の社会人心に及ぼした影響その他記録に現われた諸般の事情を考えると被告人の責任はまことに重大であるから所定刑中無期懲役刑を選び刑法二一条を適用して原審における未決勾留日数中一〇〇日を右本刑に算入し、押収に係る皮バンド一本(当庁昭和四一年押六〇五号の一)は判示殺人の用に供した物で被告人以外の者に属さないから同法一九条一項二号、二項を適用してこれを被告人より没収し、原審並に当審における訴訟費用は刑事訴訟法一八一条但書により被告人に負担させないこととして主文のとおり判決する。(畠山成伸 柳田俊雄 尾鼻輝次)

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